2013/01/25

小学生の頃のトラウマが蘇る関が原ウォーランド2013

正月早々に岐阜で一人ぼっちになってしまい、かといって都合で岐阜から出ることも出来ず、となってしまったので周辺のスポットを検索。
すると、関が原ウォーランドを発見。

小学生の頃に家族で行った記憶があるものの、どんな感じだったのかそこまで覚えておらず。覚えているのは2点。人形があったのと、お弁当を食べたこと。当時とどれくらい変わったのか、幼い記憶を探っても辿りつけず。

関が原ウォーランド

関が原ウォーランドは、関ヶ原の合戦を模したレジャー施設で、合戦場跡とは別物ですが、流石はミニ合戦場らしく武将像が立ってますが、野外なので当然雨ざらし。それがまた雰囲気を盛り立てます。
ウォーランド内だけでなく併設する神社?寺?を見ても分かりますが、根底にあるのは”ノーモア関が原”の精神のようです。忘れがちですが、関ヶ原を始めとする国内同士の争いでも多くの命が失われているんですね。私も歴史が好きですがどうしても物語のように見てしまうところがあります。


正月だし、もしかしたら独り占め出来るんじゃ、なんて淡い期待を抱きながら行きましたが、着いてみると想定以上に多くの人。
どうやら観光バスのツアーの一部になっている様子。ちょうど昼ごはんの時間だったのもあったのかな。併設するおみやげ館、食事処に多くの人がいましたし。

外(おみやげ館)周辺にはツアー客らしき人が多くいたものの、タイミングが良かったのか、ウォーランドの中には家族連れやカップルが数組いるくらいで単騎で臨んだ私は自由に見れました。帰りがけにはまた観光バスが2、3台続いて到着していたのでやはりいい頃に行ったのかもしれません。


ウォーランドの中

場内に入ると順路の案内があります。一応は順路通りに行ってみるとまずは資料館へ。中には甲冑や武器などがありますが、写真を撮っていいのか分からず眺める程度に。城なんかの展示コーナーと同じような感じでした。

そこを出て行こうと思っても途中で順路を見失います。さすがは合戦場。
それを見越すかのように突如現れる武田信玄の亡霊。なぜ、武田信玄なのかは不明ですが、ここでも”ノーモア関が原”を訴えています。
※武田信玄の理由は公式サイトで記載されていました。

こんな感じでところどころにミニ解説もあるので、資料館を覗かなくてある程度は分かったりします。



視線が定まっていないのがまた怖い。

こう見ると、名将に見える。

島津義弘あたりからの目線と島津義弘。


この解説と実際の島津義弘との距離感でなんとなく道筋が見えそう。

西軍大将石田三成。と石田三成からの視線。
木が邪魔な気がするが、隠れるにはいいのかな。大一大万大吉が逆になってしまった。もったいない。



多くの有名武将が美しく、かっこ良く描かれている中でなぜか島左近だけこんな扱い。

その他ランダムにいくつか。




刀まで映らなかったのがもったいない。

パノラマ

パノラマで撮ってみた。怖さが伝わりにくい。

トラウマゾーン

そして、みんなのトラウマゾーンへの入り口。
これはこの歳になって見れば忘れないでしょう。

平伏目線で東軍大将家康。顔をあげることなど出来ないでしょうけど。家康にはなんとなく近寄れず。モンスターハウスみたくなりそう。

首実検場には特になにもありませんが、きた道を戻ると、


関が原とは関係ないけど

こんな言い伝えがこの地方にあるとか。

にんにん城

結局、にんにん城がなんなのかよく分からなかった。

おみやげ館

おみやげ館は比較的新しい建物のように見える。地方の名産や戦国時代グッズなどが売ってます。中にこんなロマン溢れるお店の看板が。


シソが食べられなくなった話

小学生の頃、ここでお弁当食べた我が家って一体。おそらくど真ん中で食べたはずなので、関ヶ原の中心で弁当を食べて観戦したわけだ。昔も合戦があると近くの農民がお弁当持って見に行ったなんて聞くけどさすがに高台の少し離れたところからだろう。この360度有名武将に囲まれながら食べるお昼ごはん。強烈に拒否をしたのを思い出した。結局ここで食べることになってしまったが。

この時確か祖母にシソおにぎりを持たされてそれを食べたんだった。どうりでシソが苦手で食べられないんだ。

後の予定がありあまり時間が取れなかったのが残念。すぐに、とは言わずとも再訪したい場所です。実際の合戦場や陣は車であれば簡単に回れる場所にあるので、ここで簡単に予習、復習をしてから回ってみればあまり歴史を知らない人と一緒でも楽しめるかもしれません。

リンク

関が原ウォーランド公式サイト

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